鍼灸治療で考える「気」

「気をの巡りをよくするためにこのツボに鍼をします」と言われたらどう思いますか?

  • ドラゴンボール的なやつ?
  • 東洋医学お得意のものだよね?
  • なんだか怪しい雰囲気

そう思うかもしれません。

「気」とはなんでしょうか。鍼灸師がよくいうのは、見えないエネルギーであり体の中を巡っている。その出入り口がツボだというものです。

私は鍼灸師なのでそれで納得できる面もありますが、鍼灸に興味がある一般の方にとってでさえ理屈は理解できるけど感覚的に追いつけず「はあ、そうなんですねえ」以上の感想って持ちにくいのではないかと考えています。

あなたはどうでしょうか?

私の学んできた鍼灸治療法「積聚治療」では、気の概念を「見えないエネルギー」であるという解釈をしていません。

どういうことかというと、「気」とは、「この世界で人が認識できるあらゆるモノ」と考えています。

気の概念

「気」とは見えないエネルギーではなく、あらゆる物質が気でできていると考えるのです。つまり、気は実は「見えるし触れるもの」なのです。たとえば、あなたが今手に持っているスマホも座っている椅子も、人の体も目に見えるし触れます。だから気でできていると、こういうことです。こう考えれば「気」は一気に身近なものになります。

つまり、「気」とは人が五感によって「認識」できるもののすべてであるということ。

その理屈を詰めると、気とはスマホとかイスとかその物質を見たり感じたりそれについて考えたりする人の五感や思考も気の現れだということになります。

それが鍼灸治療と何の関係があるの?と思うかも知れません。

でも、この考え方を採用すると「気の流れをよくするためにどこどこのツボに鍼をする」という話をするより具体的な話をすることができます。

  • 人は気でできている。その気の状態が消耗されたとき人は病になる。
  • その気の状態を知る手段がツボに現れている。
  • 鍼灸師はそのツボの状態を把握し鍼やお灸をする。

前述したように、気とは認識できるものすべてのことを指しますが、その気を気として存在させている根源的な力は見ることができません。たとえばこの根源的な力を仮に生命力を呼んでみましょう。

生命力は目に見えないが、人の生命活動は見える

生命力の低下(自己治癒力の低下)と概念で説明できることはあっても、生命それ自体を見ることは実はできません。時計をみても時間そのものが見えるわけではないことや、ものが落ちることが見えますがその重力そのものは見えないことに似ています。

つまりこういうことです。

  • 人の生命力は目に見えない
  • 体の状態(気の状態)はツボで判断できる(見える)
  • 鍼灸刺激を与えるとその気に変化が及ぶ
  • 生命力(見えないエネルギー)が補正され辛い症状がとれる。

こう考えるとたぶん、あなたにとって思ってもない発想で鍼灸治療って組み立てられていることに気づくかもしれません。そんなことってありえるだろうかと。

でもありえるのです。少なくともその「信じられない!」という認識こそ、「気」のひとつの現れであることは間違いありません。