世界大会の日本代表メンバーに選ばれました!

こんにちは!
市川市にある、あかつき堂鍼灸院院長の清水です。
私はかれこれ約13年ITFテコンドーという韓国発祥の武道を習っているのですが、この度2023年8月にカザフスタンにて開催される世界大会の日本代表メンバーに選ばれました!
一度でも日本代表のに選ばれる人生になるとは思ってもみなかったのでまだ実感が湧きません。
私が出場するのは35才〜44才、個人・1段型の部です。(私は今年で41才)
曲がりなりにも個人戦に選ばれたので誇らしく思います。
それと同時に私のような者が出ていいのだろうか?
という焦りのような不思議な感情も混ざっています。
私の師範は世界王者
私が習いに行っている道場の師範は公式HPにも記載させて頂いておりますが、先の世界大会の型の部で優勝されています。
つまり世界一の先生に習っている。
そう考えるとなんて贅沢なんだろうと身が引き締まる思いです。
型と鍼灸の共通点

さて、テコンドー型(形・フォーム)はイメージ的には空手の形に似ています。
それもそのはず、テコンドーのルーツの一つは松濤館流空手だからです。
で、この型を常々演じていると思い至ることがあるのです。
それは型と鍼灸は似ていると。
どういうことか?
相手を制す、攻撃する
型はいわば相手を想定して攻撃を制し反撃する組手を想定したシミュレーション。
一方、鍼灸治療も相手が居て成立する。
たとえば、型で相手の突きや蹴りを受ける。
この時に相手の攻撃をしっかり捌くというイメージを持っているのといないのとではその動きに歴然とした差が出てしまいます。
相手をしっかり制す、攻撃するこのイメージをいかに持つことができるか、これが鍵なのだと最近思います。
どんな体調や環境でも完璧を目指す
しかも「完璧な型を演じる」という理想を限りなく目指すけども、そこ(完璧)には決して辿り着けないという矛盾をかかえている。
それを例えて言うなら、完璧な正方形や円をフリーハンドでは決して書けないが書くことを目指すことに似ています。
もっといえば書いたその線には太さがあるわけで、定規やコンパスを仮に使ったとしても絶対に完璧な正方形や円など書けない。
つまり概念にしかその完璧な正方形や円は存在しえない。
存在しない、決して到達出来やしないことを到達せんとすることを目指す、これが多分武道や「道」の大事な側面なのだと思います。
そう考えると型とは自分の内なる世界との勝負なのかもしれません。ということは、大会で順位を決めることに多分意味はないのかもしれません。
でもどこで誰とやろうとも、いつも同じように最大限実践できるかどうか?それを突き詰めるにはとてもいい機会とも言えます。
一方で鍼灸は?
鍼灸を使ってあらゆる人を施術するわけですが、あらゆる人はあまねく違う人たちです。
そう、当たり前ですが双子でさえ、違う人なわけで、その違う人を触診して同じフォーマット(流派、治療理論)に当てはめて治療しようとするわけです。
完璧にそのフォーマットに従う施術は果たして可能なのだろうか?
多分完璧な円と同じ理屈で決して到達できやしないのに。。。
でも私たち鍼灸師の気概としてその完璧をいかに目指すかが大事なのではないだろうか?
と、そんなふうに思うのです。
あらゆる人は違う、けど、その生かしている命はたぶん共通してある。
空手やテコンドーの型が相手を、想定しているように私は鍼灸ではその想定したものへ影響を与えなければならない。
鍼灸でいえばその対象は命そのもの。
もっと具体的に言えば自己治癒力、東洋的に言えば精気。
自己治癒力は目に見えない
そう、自己治癒力、命そのものは目に見えない。
でも、体を触診することで、凝り方、冷え具合、汗、など命の状態を推しはかることができる要素は「見える。」
この見える要素から命の状態をイメージして限りなく有効な鍼灸の刺激の仕方を考え実行する。決してその理想には辿り着けないかも知れないが目指し続ける。
つまり鍼灸は、命とは何かを考え続けること。
これはいわば鍼灸道と言えるでしょう。
やがて治っていくその力へ働きかけることを想定して信じて今日も私は鍼灸をします