そもそも鍼灸治療で一体何してる? 東洋医学の考え方。

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西洋医学では咳が出れば咳止め、痰が出れば痰切りなど症状に対応した薬が処方されます。

つまり症状に対応した薬があるので無数の薬があるしこれからも生まれ続けます。

それに対して鍼灸治療で使うのは鍼と灸だけ。

なんと頼りないことか!

でもこれは人の体をどう見ているかその概念そのものが西洋東洋で全く異なるからです。

では鍼灸の治療対象は何か?

結論を言うと鍼灸の治療対象は全身で、全身の状態を問診や触診によって把握し鍼灸を施しています。

ではその把握しようとしているものとは何か?

それは一般的に自己治癒力や生命力と表現しますが約3千年前に書かれた鍼灸医学の古典の一つ「易経」の言葉を借りると「精気(せいき)」といいます。

精気と重力

易経の言葉「精気為物」→精気が物の形を為す」とあります。

これは森羅万象あらゆる物質はその形を留めておくためのなんらかの力が働いてるはずだということです。

これはあたかも原子同士が結びつき分子を分子同士が結びつき

あらゆる物質になる働き、即ち重力の働きに似ています。

重力と精気の共通点

重力によって物質同士が結びつき、その物質を目で見ることができますが、重力そのものは目でみることができません。

同様に具合の悪そうな人を見た時に「ああこの人はなんだか元気がないな」とすぐにわかりますね。

でもそれは表情や仕草という見える現象を見たのであって精気そのものが見えているわけではありませんよね

重力も精気も目には見えないのです。

現代物理学と三千年前にの古典に書かれていることがリンクしているのです。

とても興味深いですね。

それを技術的に突き詰め、見えるもの(体)から見えない(精気)の状態を推理し鍼灸治療するため行うものが鍼灸医学の問診や触診です。

つまり突き詰めれば精気を補う行為が鍼灸治療だということになります。 

生きること→精気の消費

例えば車をスムーズに動かすのにはガソリンやエンジンオイルを交換できます。

またパッキンやブレーキなどの消耗品やボディは等交換可能です。

しがしヒトの体はそうは行きません。

この世に生まれてきた瞬間の状態を精気100%を熱量に変え消費し続けて約100年程度の人生を生きることになります。

子供から大人にかけて成長するとき精気は増えそうな気がしますが成長すること自体も精気を消耗(精気の虚)すると考えています。

「生きていること自体」が「精気を消耗していくこと」

これはいわば生きている限り避けることができない生理的な「精気の虚」といえます。

一方で病的な精気の虚もあります。

東洋的な健康観

病気、怪我、ストレス、不摂生な生活、、これらがたたると精気は大なり小なり削られることになります。

この状態をいかに本来あるべき生命曲線に戻せるか、これが治療の根幹になります。

だから、誤解を恐れずにいえば病がスッキリ何もなかった状態に治るということはないのです。

治るのも精気を消費しますし、時間経過によっても精気は消耗し続けていくからです。

ですから本来あるべき生命曲線に限りなく近づけて行こうというのが治療の本質だ、ということになります。

寿命がろうそくの火だったら

古典落語に「死神」という話があります。

死神を味方にしたある男が他人の寿命が見えるという話。

その寿命は火がついたろうそく。

その火が燃え尽きた時に人の寿命が尽きる。

子供は長いし、大人から老人はそれ相応に短くなってくる。

しかし一見病気で死にそうな病人でも蝋燭が長ければまだ大丈夫。

でも、このろうそくの長さは決して足せないのです。

燃やし続けるしかない。

無理をして火を一時的に大きくしてもそれはろうそくが早く短くなること。

また交通事故でろうそくが倒れてしまうかもしれない。

言うまでもなく、ろうそくとは「精気」そのもののイメージです。

どう生きるかは自分できめることができますが、決して無理をし過ぎないよう生活していきたものです。

もしそれでも困りごとがあったら鍼灸という手段もある、ということをどうぞ頭の片隅置いておいてもらえれば幸いです。